京都の樹木葬墓地におけるアンケート調査報告

2025/11/22

下記のアンケート調査結果は、カン綜合計画がプロデュースした樹木葬の契約者へ行ったアンケート結果について、筑波大学大学院 内田安紀さんが2018年に考察しまとめたものです。

まえがき

京都の樹木葬墓地におけるアンケート調査報告書

樹木葬という形態が日本に登場してから18年を数えるが、その間、これまでにいくつかの樹木葬墓地で調査が行われ、樹木葬墓地の申込者には「脱檀家」や「自然志向」の傾向があると言われてきた。しかし一方で、「樹木葬」という形態自体も、様々な運営母体によって多様な解釈がなされ、独自の発展を遂げている。

今回調査対象となった京都市内四つの塔頭寺院の樹木葬墓地は、近年になって見られるようになった「街中の樹木葬」とも呼べる新しいタイプの樹木葬墓地であり、かつ、京都という観光先所として著名な大本山塔頭寺院というブランド性を持った樹林の墓地である。特に立地に関していえば、これまで主流であった樹木葬は、地方の寺院によって地元の自然環境保全のために設けられる場合、また地方自治体や民間企業によって郊外の大規模墓園の一角に取り入れられる場合が多く、住宅地や商業施設などの目指空間に隣接する墓地はほとんど見られなかった。これらの樹木葬墓地は、「里山型(農村型)」「都市型(公園型)」など、その立地による大きな区分があったのつつ、前者においては樹林葬墓地造成のための山林を確保する必要性から、また後者においては多くの墓地需要を受け入れるための広大な面積を有する必要性から、街中に存在することはほとんど不可能であった。しかしながら、今回のように、ともに街中に位置していた寺院の境内を墓地に整備する場合は、新たに墓地区域としての設定が必要であったとは思え、またそのまま、墓地に転用して樹林葬墓地建設が可能であったといえる。その意味で、「街中の樹木葬」が出現するためには、ともに都市部に墓地を有していた寺院の存在が不可欠であったと言える。

山中で行われることの多かった従来の樹木葬墓地は、それが都市の内部に出現した場合、どのような形をとり、またどのように人々に受容されるのであろうか。今回は、葬送地の特徴である「都市性」「京都という観光地」「寺院という要素」に目を向けながら、「街中の樹木葬」がどのように人々に受容されているのかを知るため、寺院での樹林葬墓地をプロデュースする有限会社カン総合計画の全面的協力により、二回にわたる墓地申込者へのアンケート調査とヒアリング調査を行った。第一回目のアンケートは郵送にて墓地申込者のいる世帯へ配布し、二回目の追跡アンケートは2017年10月に行われた合同供養祭会場に配布し、集中して、ヒアリング調査は前述の合同供養祭にて一人あたり15分〜30分程度の時間をかけて対話で行った。今回の報告書では、まず研究代表者である筑波大学大学院の内田安紀が、全体アンケートおよびヒアリング調査の結果を、ヒアリング調査で得られた知見を視点に加えながら分析する。またしての結果について、乳生業制における樹木葬の位置付けという視点から京都女子大学の櫟林子教授が、葬儀の変遷という視点から国際平民民俗博物館の山田慎佳准教授が、それぞれ自身の視点から分析やコメントを加える。

最後に、この調査を行うにあたり、(有)カン総合計画とその代表である山崎章二氏に多大なるお力添えをいただいたことに感謝申し上げます。さき、埼樹院、両足院、正受院、南禅院のご住職、ならびに調査に協力いただいた会員の皆さまにも、ここに記して感謝の意を表します。

(2018.4.21 内田安紀)

1.全体アンケート

■ 調査方法

カン総合計画がプロデュースする、建仁寺塔頭両足院の「縁雲苑」、大徳寺塔頭正受院の「荘林廟」、東福寺塔頭即宗院の「自然苑」、東福寺塔頭東琳院の「樹木葬」という、京都市内四つの樹木葬墓地申込者を対象に、郵送にて質問票を配布し、返送してもらう形で回収した。
2017年9月1日より総合計画より一斉発送し、回収期間は2017年9月2日〜10月20日。総配布数は473票(両足院164、正受院69、即宗院205、東琳院35)、最終的な回収数は389票(両足院135、正受院60、即宗院166、東琳院28)、回収率は82.24%となった。なお、契約者のいる家庭一軒につき一票を配布したため、総契約者数と総配布数は同じではない。


■ 回答者の属性

まずは回答者の属性を、アンケート票のF1〜F9の結果から見ていきたい。

今回のアンケートでは、回答者の性別は男性が183人(47.04%)、女性が203人(52.19%)、無回答が3人(0.77%)となっている。アンケート回答時での回答者の年齢は30歳代〜90歳代にかけて分布しており(図1)、平均年齢は、回答者382人の中では69.0歳であった。なお60歳代〜70歳代が多く、定年退職後、自身の墓や両親の墓を考える層が回答者の割合が高かったことがわかる。しかし、40歳代〜50歳代の、比較的若い世代の契約者も一定程度いた。そのため、樹林葬墓地供養者の平均年齢は、回答者数365人の中では66.60歳で、回答者よりも若干低くなっている。

次に回答者の既婚・未婚などの別を見ると、「既婚」243人(62.47%)、「死別」93人(23.91%)、「離別」23人(5.91%)、「未婚」20人(5.14%)、無回答10人(2.57%)であった(図2)。
およそ9割の人に結婚の経験があり、回答者の多くが家庭を持っている、あるいは持っていたということがわかる。

そこで、次に子供の有無や性別、人数を見てみると、子供がいる場合にその人数と性別を書いてもらう方式にした設問によれば、子供の人数については303人全体の77.89%からの回答があり、少なくとも回答者の8割以上に子供がいることがわかった。設問回答者の子供の平均人数は2.01人となった。子供の性別については298人からの回答があり、その中では「男子のみ」が70人(23.49%)、「女子のみ」が111人(37.25%)、「男女両方」が117人と男子がいる割合が39.26%となった(n=298)。子供がいる回答者の母数を先に見た306人とし、回答しなかった場合を「子供なし」と仮定するならば、「記入なし(子供なし)」が87人(22.37%)、「男子のみ」が70人(17.99%)、「女子のみ」が111人(28.53%)、「男女両方」が117人(30.08%)、「子供はいるが性別無回答」が4人(1.03%)となる(n=389)。ただし、この割合はあくまで正しく全員が「子供がいない場合は無記入」と理解して記載した場合のもので、見落としなどで実際に反して無記入とする場合がある可能性を考慮に入れると、正確な数字ではないといえる。見直しの上で再度おぎなう必要がある。しかし、その場合においても全体のおよそ5割弱の人に、墓を継承しやすい男子がいることがわかる。さらに、墓を継承する可能性が高い男子がいる割合、とくに「女子のみ」や「子供なし」の割合がおおよそ半々であることは、先に報告の樹木葬墓地で行われたアンケート調査と同じ傾向を示している。すなわち、樹木葬を選択する人は、必ずしも継承者の不在を主要な動機としている訳ではないということである。この動機については後に詳しく見ていく。

次に、回答時における回答者の居住地を見ると、回答者の居住地は北海道から沖縄まで幅広いが、全体的な傾向としてはやはり、墓地のある西日本の周辺に住んでいる人の割合が高い。地域別に見てみると、回答者373人中、北海道・東北地方・青森県、宮城県、福島県)に住んでいる人が5人(1.34%)、関東地方(東京都、神奈川県、千葉県、茨城県、埼玉県、群馬県)が78人(20.91%)、中部地方(長野県、静岡県、愛知県、石川県、富山県、三重県、岐阜県)が19人(5.09%)、近畿地方(京都府、大阪府、奈良県、兵庫県、滋賀県、和歌山県)が249人(66.75%)、中国地方(広島県、岡山県、鳥取県、島根県、山口県)が9人(2.41%)、四国地方(香川県、愛媛県、高知県)が7人(1.88%)、九州地方(福岡県、鹿児島県、沖縄県)が6人(1.61%)となった(n=373)。近畿地方の中でも、京都府に在住の人は115人と回答者の30.83%を占めている。また、京都に比較的近い中部や四国地方の人よりも、関東地方在住者の申込率が高いことがわかる。墓地の場所と契約者の居住地について他の樹木葬墓地で行われた調査結果を見てみると、やはり地元在住者が関東地方在住者の割合が高い傾向にある。今回の調査でも、確かに京都府在住の割合は高かったが、その次に関東地方の割合が高いことを考えると、樹木葬という墓所の選択には一極化の傾向が見られることがわかる。一つは居住地の近くに墓所が欲しいという動機、比較的利便性を重んじる人々であり、もう一つは、遠くでも良いので自分の好きな墓所に眠りたいという、墓所の選択に積極的な意味合いを持たせる人々である。後者の場合、現在のところ関東地方在住の割合が高いといえる。

ちなみに、回答者が子供時代に過ごした場所を問う設問では、割合の大きい順に、京都府在住経験者が48.94%、関東地方が13.88%、中部地方が10.64%と、若干近畿地方以外の割合が増える結果となった(n=376)。


▶ 意識調査結果 —— 墓所に関する意識
回答者の属性を確認したところで、次に回答者の墓地や樹木葬に関する意識を見ていきたい。

問1では、契約した樹木葬墓地を知るきっかけとなった媒体(3つ以内複数回答)を問うた。上から多い順に「インターネット」234(60.62%)、「新聞・情報誌」93(24.09%)、「友人・知人からの紹介」36(9.33%)、「テレビ報道、ラジオ番組」29(7.51%)と続き(n=386)、圧倒的にインターネットを使用して情報を検索した人が多いことがわかる(図5)。インターネットの普及率がますます高まっている現在の状況において、墓の情報もその他の各種的な情報と同様に、電子を手段であるインターネットから収集する場合が多いと考えられる。この流れは、新聞やテレビなどから受動的・偶発的に情報を受け取るのではなく、自ら進んで情報を得て、自らする傾向の現れとも読み取れるであろう。ただし、ヒアリング調査で見られたように、契約者本人ではなく、より若い世代の子供や孫が、本人の代わりにインターネットを使用して情報を収集している場合もある。

次に問2では、契約墓所以外にも他の墓所を検討したかどうかを尋ねた。「比較検討した」回答者は272人(69.92%)、「比較検討していない」回答者が111人(28.53%)、無回答が6人(1.54%)であった(n=389)。問2においては、問2で「比較検討した」と答えた人に、どのタイプの墓地と比較したのかを尋ねたところ(3つ以内複数回答)、多い順に「民間霊園の樹木葬」235(59.93%)、「寺院の墓」79(29.04%)、「納骨堂」43(15.81%)、「公営霊園の樹木葬」37(13.60%)と続いた(n=272)。「民間霊園の樹木葬」が多いのは、先に見たようにインターネットが樹林葬墓地の主要な手段であるため、情報として比較的多く目に入るからであろう。しかし「寺院の墓」も次点で多いことを考えると、すぐにある実家の墓に入る選択肢も、最初から排除されていたわけではなく、決定の過程で少なからず検討されていたと言うこともできるだろう。

問3では樹木葬の契約が誰のためであったのかを尋ねた(該当するもの全て複数回答)。「自分」という回答が最多数あり309(79.64%)、次に「配偶者」256(65.98%)、続いて「自分の母」67(17.27%)、「子供」64(16.49%)、「自分の父」47(12.11%)と続いた(n=388)。図6)。「自分」が最も多く、その次に「配偶者」の割合が大きいという結果、夫婦での利用が多いことを示している。実際にカン総合計画提供の資料によると、2017年7月18日時点での区画利用形態の割合は、一人用区画が22.75%、二人用区画が77.25%となっているため、夫婦での二人用区画の利用が主流となっていると言える。

次に問4では、樹木葬墓地を購入する前に、入ることのできる墓があったのかどうかを尋ねた。その結果、「継ぐ立場にある家の墓があった」76人(19.59%)、「継ぐ立場にはないが、入ると思えば入ることができる家の墓があった」が77人(19.85%)、「自分の代で買った墓があった」26人(6.70%)、「家の墓はあったが、入ることができる墓ではなかった」53人(13.66%)、「墓はなかった」143人(36.86%)、「その他」13人(3.85%)となった(n=388)。およそ半数程度の割合で、入ることができる墓があった人とそうでない人がいたことがわかる。

それでは、なぜ墓があるにもかかわらず新たに樹木葬墓地を購入したのか。問4まで「継ぐ立場にある家の墓があった」、「継ぐ立場にはないが、入ると思えば入ることができる家の墓があった」、「自分の代で買った墓があった」と回答した人に、次の問4-1でその理由について尋ねたところ(3つ以内複数回答)、多い順に「子供に継承のことで負担をかけたくないから」104(58.10%)、「自然に還ることを希望しているから」80(44.69%)、「お墓が遠いところにあるから」72(40.22%)、「継承者がいない、あるいはいる可能性があるから」71(39.66%)と続いた(n=179、図7)。

この結果をこれまでの調査と比較してみると、2002年の岩手県祥雲寺での調査では、同じ質問と選択肢に対し、多い順に「自然に還ることを希望している」81.0%、「子供に継承の負担をかけたくない」40.0%、「継承者がいない」23.0%、「代々守る家の墓に入りたくない」人間関係が煩わしい」がそれぞれ15.0%となっていた※。数値を見る限りでは、「子供に負担をかけたくない」と「自然に還りたい」という選択肢が逆転しているというところ。今回の回答者たちにおいては、墓地との関わりという面においても、子供に負担をかけない墓所としての樹木葬の機能がより重視されていると言える。

次の問5では、今度は回答者全体に樹木葬を選択した理由を尋ねた(3つ以内複数回答)。それぞれの選択肢のなかで問4においてはっきりとした差異は見られないものの、多い順に「自然に還ることができるから」230(59.90%)、「墓のことで周囲に迷惑をかけたくないから」222(59.38%)、「継承者がいなくてもいいから」224(58.33%)、「樹木葬の墓標はシンプルだから」152(39.58%)となっている(n=384)。選択肢が少なく、回答が特定の選択肢に集中してしまった印象があるが、これまでの調査結果等の「自然に還ることができる」という選択肢が、「継承者がいなくてもいい」や「周囲に負担をかけたくない」という選択肢と同程度の割合になっていることが見て取れる。問4-1での考察を補強する結果となっている。

しかし、単に「自然に還ることができる」「継承者がいなくてもいい」「周囲に負担がかからない」という点だけで見れば、現在、ほとんどの樹木葬墓地はその条件を満たしていると言える。なぜ、数ある樹木葬墓地の中からこの樹木葬を選択したのか。問6ではその理由を尋ねた(5つ以内複数回答)。当初、回答者たちがこの墓地を契約する人たちの意識として、日本有数の観光地である「京都」のブランド性が強く関係していると予想していた。しかし、結果はこの予想を裏切っていた。まず、最も多く選択されているのが「お寺が管理をしてくれるので安心だから」233(60.36%)、次いで「永代供養をしてもらえるから」226(58.55%)、そして「京都が好きだから」133(34.46%)、「お寺の境内の中で神聖な雰囲気を感じられるから」127(32.90%)、「お寺の景観や建築が気に入ったから」125(32.38%)、「自分の住んでいる地域の近くにある、もしくはアクセスが良いから」119(30.83%)と続いた(n=386、図8)。昔より出て高齢になったのかあるいは、寺院の存在が与える安心感と「永代供養」という、これが樹林葬を選択するにあたって、墓所としての永続性が保証されているかどうかが最も重要な関心ごとになっていたことを裏付けている。そして、その永続性を保証するものとして、「お寺」の存在が大きなウェイトを占めていることがわかっている。この点について宗教的なのが、ヒアリング調査で何名かの人が話した、「有名寺院なら廃寺の心配がない」という言葉である。これは墓所の継続性がどう担保され得るか、またその見取りという面において、お寺の存在は、宗教的な安心感をもたらすとながら、それ以上に信頼性のある墓所の管理者としての期待がされているのであった。先に見た問4-1や問5も併せて考えるならば、回答者たちの意識としては、子孫に墓守の負担はかけたくないものの、自らの眠る墓所が将来的にきちんと管理され、荒れ果てずに存続することを強く望んでいるということになるだろう。次の問7では同じ自然に還る葬法でも、なぜ「散骨」ではなく「樹木葬」を選択したのかを尋ねた(3つ以内複数回答)。最も多いのが「埋葬した場所が特定でき、参拝することができる」287(74.93%)、「管理や手入れが行き届いているから」213(55.06%)、「墓地として許可を得た場所なので安心できる」が200(52.22%)となった(n=383)。ここでもやはり、墓所としての場所が特定されていること、またその管理が重要であるという意識が強い。

次に問8では埋葬された後の祭祀を行う人の有無を尋ねた。最も多いのが「決まった人がいる」195人(50.91%)、「決まってはいないが、期待する人がいる」63人(16.45%)、「期待はしないが、墓を訪れて祭祀してくれる人がいれば、それはそれで嬉しい」103人(26.89%)、「決まった人も希望する人もいない」「祭祀を希望しない」がそれぞれ11人(2.87%)となった(n=383、図9)。先の葬儀者でのアンケートでは、同じ質問に対し、「決まった人がいる」16.9%、「期待する人がいる」13.7%、「期待はしないが、祭祀してくれる身内の人がいれば、それはそれで嬉しい」46.5%、「いない」と「希望しない」が合わせて16.9%と、わからないが1.6%となっていることから、死後の祭祀を期待しないか、あるいは非常に消極的な形で期待している。それに対し、京都の樹木葬墓地申込者の場合は、死後の祭祀が行われることを期待している人が過半数であることがわかる。問8-1で明らかになった、この場合の「決まった人」や「期待する人」とは、多くの場合が子供や家族などの身内である(図10)。先に見た問4-1と問5では、継承の必要ない墓(樹木葬)を選択した理由として、子供に迷惑をかけたくないという意識の強いことを確認したが、この結果にさらに子を見ているようでもある。墓主の負担をかけたくない、墓参に訪れ祭祀をしてくれることを期待しているように読み取ることができる。しかし、ここに回答者の複雑な本音が見え隠れていると考えられる。例えばヒアリング調査で、「アンケートには『決まった人がいる』と書いたけど、あまり強調しすぎたくないの。親どのつかいが来てくれれば嬉しいと思ってるけど。」と語る女性がいた。問4-1、問5の結果から考えても、子供の義務として墓参を希望する回答者はほとんどいないが、この女性が語るように、何かのついでに来てくれることを期待している回答者は多いように思える。これは、筆者のような亀山型の樹林葬墓地が都市部から離れた山奥であるのに対し、京都の樹木葬墓地が観光地の中心に所在するという要素が深く影響していると思われる。墓所がアクセスの悪い遠方だとすれば、周囲の負担を考慮し祭祀の期待を遠慮するかもしれないが、逆に多くの人が訪れたいと思うような場所であれば、訪れてもらうこと自体が、墓参を推奨させることになるため、積極的に期待する公算が高いと考えられる。これまでの樹木葬墓地に対する死の悪い場所にあると考えられていたため、墓参への期待度は低く、井上が指摘するように「自然の永遠性」に託す感が強かった※。しかし今の場合では、いわば今の「日常」こそが墓参を支える時であり、観光地という周囲の環境で墓参を余暇とすることができる樹木葬墓地であれば、墓参への期待度は高まると推測できる。

次に、問9において樹木葬墓地への埋葬方法を尋ねたところ、「全骨納骨」が311人で81.84%、「分骨して埋葬」が69人(18.16%)となった(n=380)。標本に偏り割合のように思えるが、問8で複数墓地での収骨量自体が少ないため、そもそも分骨する必要性の低い可能性もある。問9-1において「分骨」を選択した人に実質の遺骨の行方を尋ねたところ(該当するものすべて複数回答)、「その他」が最多で213(30.00%)、次いで「オブジェを加エして自宅に安置」142(20.00%)、「散骨」「骨壷に納めたまま自宅に安置」がそれぞれ81(18.57%)、「ペンダントなどに加工して身につける」が52(17.14%)、「既存の墓に納骨」が8(11.43%)であった(n=70)、「その他」の内訳としては、住居の近くでもある木幡大谷廟への納骨という回答が目立った。ちなみに、大阪には骨仏で有名な一心寺があるが、一心寺への納骨という回答が見られた。

問10では、遺骨、自身、遺こについての考えが問われた。最も多く選択されたのが「魂の存在はわからないが、故人の魂は何らか昇華されて生き上り、自身の霊魂の中で生き続ける」284人(75.13%)、次いで「故人の霊魂は樹木葬墓地における植物や昆虫など、自然物の中に宿る」431(31.18%)、「死者たちはどこかに存在し、思っているのが、特にイメージできることはない」28人(7.41%)、「その他」23人(6.08%)となった(n=378)。魂の存在を前提としている選択肢を選んだ人は多数派であったが、魂の存在を不問に遺骨と自身の関係を記述した選択肢は、大多数の人が選択する結果となった。魂の存在は信じないが、ほとんどの人は遺骨を尊ばれる物質とは見なしていないことがわかる。

次に問11だが、これは問6で言う一定の優雅の得られていた墓所の雰囲気に関わる設問である。墓所を訪れる時にどのような気持ちになるかを尋ねたところ、多い順に「緑が多く、穏やかで落ち着いた気持ちになる」が220人(57.89%)、「死者が眠っている場所なので、神聖で厳粛な気持ちになる」が90人(23.68%)、「亡くなった方たちの死者と、じっくり時を合わせる気持ちになる」が61人(16.05%)、「特に何も感じない」2人(0.53%)、「その他」7人(1.84%)となった(n=380)。樹木葬墓所は、死者の存在を継ぎ持つような「磯野所ち」でもあり、観光の良さなど、生者のための場所という意識が強いと言えるかもしれない。しかし、場所に対する人の意識は重層的であるので、複数回答の場合はまた異なる結果が得られた可能性がある。

墓参、合同供養祭に関する意識について
ここからは墓地そのものではなく、墓参や合同供養祭などの、墓地に付随する実践や行動に焦点を当てて理解していく。

まず問12では、樹木葬墓地で毎年春と秋ごろに行われている合同供養祭への参加状況を尋ねた。合同供養祭は、読経・焼香を含む墓前での供養、住職の法話、茶話会などが行われ、全体として1時間程度のイベントとなっている。多い順に「体調、日程が都合すれば参加するようにしている」226人(60.92%)、「あまり積極的に参加はしていない」128人(34.50%)、「参加したいと思わない」17人(4.68%)となり(n=371)、6割以上の人が積極的に参加している様子がわかる。

それでは、なぜ合同供養祭に参加するのか。問12で「参加する」を選択した回答者へ尋ねたところ(当てはまるもの全て複数回答)、多い順から「住職のお話が聞けるから」157(70.09%)、「故人を供養できるから」139(62.05%)、「この墓地の墓友知り合った人たちと会えるから」74(33.04%)、「京都に行けるし、京都観光もできるから」50(22.32%)、「その他」14(6.25%)となった(n=224、図11)。意外だったのが、「このような共同の墓所で見られる共同体意識、すなわち『墓友』への志向がそれほど高くない点である。該当するものを全て選択可能な形式だったにもかかわらず、全体の三分の一程度の割合にしか達していない。


1990年代前後に登場し始める個人を単位とする共同の墓については、これまでそこに集う人々の共同性に注目が集まってきた。合同慰霊祭を始め、クラブ活動や会報誌上での意見交換など、住人が互助や交流の機会を持つことで、同じ墓所に入る人同士の連帯を強める取り組みがなされていたのである。樹木葬墓地でもそのような共同体意識が見られるという報告もあった。しかし、これまではあくまで、世帯単位を脱却する仕掛けが墓地の企画者側が積極的に行うかどうかで変わってくる。そのため、今回の樹木葬墓地で共同体意識が希薄に見えるのは、会員同士の交流事業をそれほど積極的に行なわない運営方針によるのかもしれない。実際に筆者が2017年10月の合同供養祭を見学した際には、夫婦や家族連れで訪れている人も多く、横の繋がりよりも家族それぞれの中での繋がりが重視されているように見えた。

なお、逆に「積極的に参加しない」と回答した人にその理由を尋ねたところ(当てはまるもの全て(複数回答)、「予定が合わないから」60(40.82%)、「遠方に住んでおり参加しづらいから」57(38.78%)、が主流の回答となった(n=147)。

次に、樹木葬墓地への墓参に関して、すでに故人を埋葬した人と、生前契約の人に分けて質問を設けた。問14では、すでに故人を埋葬した人を対象に、①墓参の頻度、②どのような機会に墓参するのか(当てはまるもの全て複数回答)、を尋ねた。①では、多い順から「年に2〜3回程度」88人(55.70%)、「月に一回程度」40人(25.32%)、「年に一回程度」26人(16.46%)、「週に1回程度」1人(0.63%)、「それ以上」3人(1.90%)となった(n=158)。②では、多い順に「特定の機会に限らず、好きな時に訪れる」90(66.60%)、「故人の命日」84(52.88%)、「合同供養祭」81(50.94%)、「秋彼岸やお盆」76(47.80%)など。(n=159)。故人の命日や合同供養祭、お彼岸やお盆などの時間的な区切りではなく、「時節の機会に限らず好きなときに訪れる」が選ばれたのが非常に興味深い。死者自身の時間の流れというより、生者自身の時間の流れが重視されていると言えるかもしれない。

次に生前契約の人を対象にした設問で、①契約後墓地に来る機会はあるか、②あるのであればその理由は何か(当てはまるもの全て複数回答)を尋ねたところ、①では「はい」と答えた人が176人で81.86%、「いいえ」が39人、18.14%であり(n=215)、多くの人が、墓参対象者がいなくともかなり頻繁に墓地を訪れていることが分かった。②では「はい」と答えた人にその理由を尋ねたところ(あてはまるもの全て複数回答)、「寺の境内の雰囲気が良いから」96(54.86%)、「自分自身の死後の墓所を確認するため」91(51.70%)、「家族や友人に自分の墓所を見せるため」89(50.57%)、「その他」22(12.50%)となった(n=176)。

最後に問16では、墓地使用料、年会費、合同供養祭、全体の4項目に対して五段階の満足度を尋ねた(図12)。1が最も高い満足度 5が最も低い満足度、総体的に満足度は高い傾向にあることが読み取れる。なお、今回の調査では、墓地の要素でではなく「樹種」という文字に○をつけた回答者が多数おり、その回答が無効になった。その理由としては、「樹種」は樹木葬墓地の名称と紛らわしい項目であるため、回答者の誤読は避けられなかったと考えられる。この項目での誤読もあり、 全ての調査項目においてどの程度一致があるかは十分に満足度が得られない可能性がある。


信仰や宗教的な行動に関わる意識調査
ここからは、直接樹木葬墓地に関わるものではないものの、樹木葬契約者の宗教的背景や実践を確認していく。

まず、家の宗教ではなく契約者個人の信仰する宗教についての問17では、「仏教系」112人(28.79%)、「神道系」6人(1.54%)、「神仏両方」22人(5.66%)、「キリスト教系」10人(2.57%)、「それ以外の宗教」1人(0.26%)、「信仰する宗教なし」187人(48.07%)、「その他」17人(4.37%)、「無回答」34人(8.74%)となった(n=389、図13)。これを全国的調査と比較してみると、20年以上前のものではあるが1995年に行われた朝日新聞社の世論調査の場合、「仏教系」26%、「神道系」2%、「神仏両方」10%、「キリスト教系」2%、「それ以外の宗教」2%、「信仰する宗教なし」63%、「その他・答えない」5%となっている。また、近年の調査で類似のものとして2008年に国際比較調査グループ(ISSP)によって行われた調査では、「仏教」34.0%、「神道」2.7%、「宗教を信仰していない」49.4%となっている。このように比較してみると、年齢層が60歳〜70歳代に偏っているにも関わらず、今回の調査対象者は全国一般の人々の信仰状況とそれほど変わらないか、無宗教を自認する人が若干多いといえそうである。

次に、問18で遺族に対する死者供養ものない追憶の場所があるかどうかを尋ねた。その結果、「自宅に仏壇がある」140人(35.99%)、「自宅に仏壇はないが、写真などを飾ったりして死者を追憶する場がある」130人(33.42%)、「手元供養をしている」18人(4.63%)、「何も持っていない」94人(24.16%)、「無回答」7人(1.80%)となった(n=314)。ここにしても、全体の約6割が何らか死者を偲ぶ場所を自宅に持っていることがわかる。一方で、回答者の平均年齢が69歳であるため、両親や配偶者など、親しい近親者がすでに他界している人の割合が高いためとも考えられる。

問19では、死者への追悼、あるいは供養をどのようなものと考えているかを、具体的に自由記述で回答してもらった。方法としては、回答の記述からいくつかの要素を抽出し、それぞれの要素を拾い上げる形で集計を行った(図14)。アンケート票に回答例として「故人の写真へ語りかける、線香をあげる、心の中で感情を描写する、など」という文章があったため、若干それらの要素へ偏った印象もあるが、多かった回答順に「故人への感謝」121(38.54%)、「故人への語りかけ」115(36.62%)、「線香をあげる」89(28.34%)、「故人を思い出す、あるいは忘れない」78(24.84%)、「お供えものをする」44(14.01%)となった(n=314)。「故人への語りかけ」り回答等の中には、明確な対象として「故人の写真」を挙げた人が80人いる。また、「お供えもの」の内訳として、「花」を挙げた人が17人、「水やお茶、食べ物等」を挙げた人が27人いた。この結果を見ると、およそ4割の人が、故人への供養とは感謝をすることであると考えていることがわかる。また、その中、あらいは写真や位牌などの対象物に向かって、故人を思い出したり、話しかけたりする人が3割程度いることもわかる。このことから、「供養」と言ったときに想定される宗教的儀礼は介在せず、むしろ個人的な行いとして死者への追悼や供養が行われている点が確認できる。また、墓との関連で興味深いと思われたのは、「墓参」を挙げる人が非常に少なかった点である。先に問8で見た「墓の祭祀の希望」との関連で捉えるならば、墓に訪れて欲しいとは思っているが、墓と訪れること自体が供養だと考えているわけではないということだろう。

次の問20では、回答者が実際に行っている宗教的実践の頻度について質問がおこなれた。その結果は以下の表とグラフの通りである(表1、図15)。なお、①については、「祭祀の主催者のみお答えください」としたため、回答者の母数は3分の2程度となっている。


①〜③に関しては、それぞれ回答者の5割以上が日常的にこれらの実践を行なっている様子がわかる。④に関しては、年忌法要の主催者を対象としたため、回答者全体の7割程度となっているが、それでも全体の4割程度の人が、年忌法要を定期的に行っていることがわかる。問19との関連で考えれば、これらの行事や実践は亡く人を本当の意味で供養すること
になるとは考えられていないが、慣習としては根強く残っているということだろうか。次の問21では、墓や死者供養に関連した行為についての意識を問う質問がなされた。その
結果は以下の表とグラフの通りである(表2、図16)。なお、①については、「祭祀の主
催者のみお答えください」としたため、回答者の母数は3分の2程度となっている。

毎 4 で樹木葬を選択した理由に多くの人が継承の問題を挙げていたことから、墓を継承することを「とても重要」「まあまあ重要」と回答した人を合わせて約 40% いた。さらに、問 19 で「故人を供養するとはどのようなことか」について、「墓参り」や年忌法要などの仏教的宗教を挙げた人は少数だったことからわかる。③⑤での墓の行事や祭参り「年忌法要」を「とても重要」「まあまあ重要」と回答している人は全体の 60%〜70%にも上った。

次に、これと関連して、問 22 では①先祖を敬うことをどのように感じるか、また②自分にとっての先祖とは誰を指すかが問われた。①では「とても重要」147 人(39.10%)、「まあまあ重要」164 人(43.62%)、「あまり重要でない」20 人(5.32%)、「重要性を感じない」15 人(3.99%)、「必要性を感じない」5 人(1.33%)、「わからない」25 人(6.65%)となった(n=376、図17)。①で「とても重要」「まあまあ重要」を合わせておよそ 82%もの人が先祖を敬うことを大切に考えていることがわかる。しかし、これはいわゆる「家の先祖」と呼ぶような、宗教的な死者のことを指しているとは言いづらい。②を見ればわかる通り、多くの場合同居親や祖父母などの近親を先祖と想定しているのであると考えられる(図18)。ただし、「自分の実家の祖父母」と「配偶者の実家の祖父母」に匹敵する程度 に選択されていることから考えて、配偶者ではなく自分の家において言えば、ある程度客観的な先祖想定をしているとも言えそうだ。この点については男女でよく差が出ると考えられる。

最後に、葬式に対する回答者の意識を訪ねた。アンケート票では「故人をすでに埋葬した人」と「生前契約の人」で場合分けをしたが、実際には故人をすでに樹木葬墓地に埋葬かつ自身も樹木葬墓地を生前契約している人もいるため、両方の場合に回答する人が多く見られた。また、このような場合、前者と後者で回答内容が異なっていることも多いため、今回はあえて両方に回答していても無効とせずカウントしている。

問23 ではすでに行った、あるいはこれから行おうとする葬儀の形を回答してもらった。
結果、すでに故人を埋葬している場合は「仏式」131人(73.60%)、「神道式」4人(2.25%)、「キリスト教式」1人(0.56%)、「無宗教」35人(19.66%)、「その他」7人(3.93%)となり(n=178)、生前契約の場合は「仏式」146人(62.93%)、「神道式」4人(0.0%)、「キリスト教式」3人(1.29%)、「無宗教」58人(25.00%)、「その他」25人(10.78%)となった(n=232、図19)。
両方の場面において仏式が多く、他宗教の割合が近づいていることが見て取れる。
また、無宗教とする回答者の割合が増えていることから、故人の葬儀の形態に対する自由度が広がっていることも推測できる。

問24 ではすでに行った、あるいはこれから行おうとする葬儀の規模を尋ねたが、すでに故人を埋蔵している場合と生前契約の場合で大きな違いがみられた。
前者つまり「一般的な葬儀」62人(35.23%)、「家族葬」97人(55.11%)、「一日葬」7人(3.98%)、「直葬」10人(5.68%)である(n=176)。
後者については「一般的な葬儀」10人(4.55%)、「家族葬」151人(68.64%)、「一日葬」17人(7.77%)、「直葬」42人(19.09%)となった(n=220、図20)。

両方の場面において家族葬の割合が高いことがわかる。
この結果を見ると、葬儀の小規模化が顕著で現れているうえ、葬儀自体を行うつもりのない人も一定数いることが明らかであるが、それは将来における自身の葬儀を考える姿勢に明白な変化が見られていることもわかる。

最後の問25 では、戒名を希望するかどうかを尋ねたが、「自分が亡くなったら戒名を希望する人は少ないということが明らかになった。

2.追加アンケート

▶ 調査方法
2017 年 10 月 21 日から 23 日にかけて行われた秋季合同供養祭において、参加者一グループにつきそれぞれの代表者一名に追加アンケート票を配布し、その場で記入してもらった。
回収数は、両足院 28 票、正受院 26 票、即宗院 47 票、桂嶺院 5 票、計 106 票となった。

▶ 回答者の属性
回答者の平均年齢は 68.22 歳(n=95)で、現在の居住地は「京都府在住」が 40 人(40.00%)、「京都近外の近畿地方(大阪府、滋賀県、奈良県、兵庫県)」が 36 人(36.00%)、「その他(茨城県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、島根県、岡山県、広島県、愛媛県、高知県、宮崎県、鹿児島県)」24 人(24.00%)であった(n=100)。

▶ 調査結果
No.1 では、全体アンケートの問6での結果を受け、京都への関わりの深さがどの程度アンケート結果に影響しているのかを調べるため、①京都府在住の場合には在住年数を、②京都府在住でない場合には京都を訪れる頻度を尋ねた。その結果、①京都府在住者の回答者 42 人のうち、平均在住年数は 38.48 年で、最も多かったのが「31 年以上」で 26 人となった(n=42、図 21)、次いで京都在住でない回答者 54 人の京都訪問回数は「月 2 回以上」が 16 人となり(n=54、図 22)、比較的多く京都を訪れる機会があることがわかった。どちらの場合も、全体的には京都との関わりが強いことが示唆される。

No.2 では、元々のお寺との関係がどのようにアンケート結果に影響しているのかを調べるため、寺檀関係の有無を尋ねた。その結果、回答者 103 人中、「あった」が 26 人(25.24%)、「なかった」が 77 人(74.76%)となり(n=103)、寺檀関係がある人の方が少数であることがわかった。
全体アンケートの問 20、問 21 では、墓参や年忌法要などの仏教的行事を日頃積極的に行なっている様子が見て取れたが、それは檀那寺との関係があって行っているわけではなく、文化あるいは慣習として継持されているということだろう。

次に、No.3 では、全体アンケートにおける問6の結果を受け、樹木葬墓地を選択する際のそれぞれの要素の重要度を5段階で表現してもらった。その結果は以下の表とグラフの通りである。

僅差ではあるが、やはり「3-(6)墓地の管理をしなくても良いこと」や「3-(9)永代供養付きで、なくなったら自然遺骨等の契約内容」など、墓所の管理や祭祀の重要度がその他の項目と比較しても高いことがわかり、問6の結果と重なっている。しかし、ここで最も4と5が多い結果になっているのが「3-(3)墓所の景観や雰囲気が良いこと」であるのは注目すべきだろう。墓所の管理の仕方はもちろん選択にあたっては重要な要素となるが、その他の決定的要素が、景観や雰囲気の良さなどの直感的なものであると言えるかもしれない。ヒアリング調査の中でも、「なぜこの墓所を選択したのか」という問いに対し、 「見学に来て、なんとなくここにしようと思った」「雰囲気で決めた」など、言語化できない直感の部分で墓所を選択したと語った人が少なくなかった。私たち墓主が考える、さまざまな期待しているほど、必ずしも墓所の選択に論理性があるわけではないと言えそうである。

今回の調査で一つ興味深い出来事があった。合同供養祭の当日に著者が追加アンケート票を配っていると、一人の女性がアンケート用紙を記入しながら、「この前のアンケート(郵送で配布された全体アンケート)に主人と一緒に答えていたの。今まで喪服だった自分の考えが、だんだん形が整えれてはっきりしたので主人が言っていたの。原本は返送したけど、あとで自分たちで見返せるようにコピーをとって保管してあるのよ。」と声をかけられた。この女性が突きつけたことこそ、墓の選択とは、実は理路整然とした思考の末に行われるのではなく、誰かに問われなければ初めてその意味を考え、答えを導き出すものだったのである。その意味で、私たちが行っている調査が、再び墓地選択者たちの意識を形成する一つの源泉となっている点には、自覚的でいなければならないだろう。

最後に墓地の購入が可能となる価格帯を尋ねたところ、一人用価格の場合、「40万円まで」19人(42.28%)、「50万円まで」32人(56.14%)、「60万円まで」7人(12.28%)、「70万円まで」4人(7.02%)、「80万円まで」1人(1.75%)、「100万円まで」6人(10.53%)となった(n=57、図24)。

二人用価格の場合、「50万円まで」6人(8.82%)、「60万円まで」4人(5.88%)、「70万円まで」23人(33.82%)、「80万円まで」12人(17.65%)、「90万円まで」5人(7.35%)、「100万円まで」16人(23.53%)、「100万円以上」2人(2.94%)となった(n=68、図25)。

おおむね希望される価格帯として、一人用ならば50万円程度、二人用ならば70万~100万円程度であると分かる。参考までに、京都市深草墓園樹木葬地の平成29年度募集時の使用価格は、墓石等の建墓費用は別に1平方メートルあたり100万円となっている。

3.全体的な考察

以上、全体アンケートと追加アンケートで得られた結果を紹介してきたが、墓地の選択における樹木葬墓地の位置付けや国レベルでは樹林墓地、また葬儀の選択における樹木葬申し込み者の位置付けという観点からは田舎型樹林墓地がそれにコメントを加えているため、これまで樹林墓地の関心、すなわち今回のような都市の内部における樹木葬墓地を選択する人々の意識が、これまでの樹木葬墓地とどのように異なり、またどこに連続性が見出せるのかという点から、若干の考察を加えたい。

これまで樹木葬墓地で行われてきた調査と比較してみると、今回の回答者たちの属性は、それほど変わらないように見える。つまり、親や祖父母と言うよりは自らの墓所のために樹木葬を選び、また子供がいるにもかかわらず墓の継承に関する「負担をかけたくない」との思いが強い人々であるという点である。

しかし、今回の結果を見る限りにおいても、彼らの墓所への意識はこれまでの調査結果とかなり異なっている。異なる点をまとめるならば、以下のようになるだろう。
① 死所を信頼のための象徴に託すことより、その永続性を望むこと。
② 子孫による墓参を大きな希望事項としていること。
③ 申込者自身の共同性が希薄であること。これには街中にあるという墓地の都市性が歴史や風致的であり、観光地であるという今日の寺院の性状が大いに影響を与えていると考えられる。

まず①について考えてみると、これまでよく通常の墓と比較したときの樹木葬墓地の大きな特徴として、「遺骨が土に還る」というものがあった。この特徴は、継承の必要性を不同にすることとともに、土に還った遺骨が周囲の植物などに吸収されることで自然の永続性に回帰するという、スピリチュアルな点のイメージを持つものである。しかし、今回の回答者たちが強く望んでいたのは、自然への回帰と言うよりは、寺院による墓所の永続的な管理が要求されてきた。従来の樹木葬は遺骨たちが自然の永遠性に死後の繁栄を託していたのとは対照的に、本法人の寺の運営が持つ伝統的ブランドを信頼して死後を託していたのである。もちろん、それぞれの樹木葬墓地の利用内容そのものは都市に付与される意図は異なるが、これまるの意味で“墓”が強いと言える。ここも興味深いのは、遺言者(墓地の選択希望者)をして、墓所の見た目の美しさや小清潔さは申込者にとっては重要なポイントであったという点である。自然の永遠性に回帰するとは、墓所の景観が自然のみによって成り立つのは簡易だが、本当の意味で永遠が示されている墓地の運営が必要であるという事であろう。今回の調査結果の場合、そうではなく、墓所がきちんと管理されることによって、自らの眠る墓所の環境が変わらないということが求められているといえる。

② について、墓所の管理や祭祀を寺院に委ねているように見えて、己を考えてみると、問8 と問1 で確認できたように、先に見たところ墓参訪問や供養儀礼への期待が高い。
問4-1や問5での樹木葬を選択した動機に、「子供に迷惑をかけたくない」という意見が多かったとおりであるが、この点においては、実は保護者の墓参りを優先する、これは心の中の大きな奥底で残ったように、墓地へのアクセスの良さということも、墓所周辺が観光地であるという事実が影響していると考えられる。例えば京都山内の神社仏閣の墓地の場合、その場所そのものに、墓参以外の目的があった。墓参のためだけにその場所へ行く必要があったのである。しかし、周囲が観光地であれば、墓参以外にも観光や食事、買い物など、様々な目的を持ってその場所を訪れることができる。墓参の方がその他の目的に従って行う可能性がある。「子供に迷惑をかけたくない」と感じる申込者にとって、他の用事の「ついでに来る」ことが実利的で、また気軽に墓参を希望することができることだろう。その意味で、里山や郊外の樹木葬申し込み人になっても、負担にならない程度の場所に墓所があるならば、自然の永続性を捨てるのではなく人々が墓参に来やすいことを優先している意図が見え隠れしており、こちらが選ばれていると考えられる。

③ について、墓所の管理や祭祀を寺院が責任を持って行ってくれるという点、また、家族が墓参に来やすいという点、①日々暮らしの中で共同性の強さや関心が高いと考えられる。樹林や中都市部有料墓所に、近年の調査に見られる共同性は、いくつかの樹林墓地に見られることが報告されてきた。例えば岩手県祥雲寺(知勝院)の樹木葬墓地フィールドワークを行った人類学者のセバスチャン・P・ボーレは、自然再生活動や登山、合同供養祭などの行事を通じて、これまで面識のなかった樹木葬会員が共に作り上げていく様子を観察している12。 また、井上治代自身が代表を務めるNPO法人セブングレーヴリーが運営する「桜葬」墓地において、自主的クラブ活動や合同供養祭である「桜葬ギャラリー」などの様々な「仕掛け」を通じて、会員同士によって生前の交流作りが行われていることを指摘している。また、井上自身も、共同性の強弱と家族はあっても、樹木葬は過去を「自然に還る」という言葉を媒介に、他の用途とも価値観の一致という点において種の安心を見出している傾向を指摘したことがある13。しかし、今回の調査地のように、墓地の管理者に絶対的な信頼性があり、そこが立地から緑に家族の墓を管理できるような墓所では、墓参にいた共同行性は比較的薄いのであだと考えられる。

以上に、従来の樹木葬墓地と今回の墓地を比較して考察したが、今回の調査地の特徴である、中心市街地といえる墓地は家族による墓参を志向し、また将来にわたっての永続性が見込まれる寺院が墓地を管理してくれるという点から、これまでのように「自然」や「墓を媒介にした共同性」や「死後の縁」が乏されない樹木葬のあり方が明らかになった。しかし、従来の調査と対照的なこれらの結果が逆説的に示唆的に思えるのは、どのような墓地においても、周囲に迷惑をかけたくないと願う一方で、自らの眠る墓所を「無縁」のままにしたくないという墓地選択者たちの共通する思いであるから、家族による墓参が望まれないような場所では自然の永遠性や墓地の清廉性に共届け携れ、墓参が容易な場所であれば家族によ、どちらも死後の墓所において何か自分以外の存在との繋がりを示そうとしているように見える。これは、共同体の一員から個人としての意識が強まり、墓芯ちも個人の選択になりつつある現代社会において、個人性を担保しつつ何らかの存在との関係で自己の死を捉えようとする、現代日本人の複雑な胸中を反映しているのかもしれない。


【脚注】

12 Sébastien Penmellen Boret, 2014, Japanese Tree Burial, Routledge, p.166-167.
13 井上治代 2012「集合墓を核とした墓制」大谷栄一・藤本頼生編著『地域社会をつくる宗教』明石書店、p.239-263。
14 内田安由 2017「現代日本における葬送と自然」「宗教と社会」第23号、p.15-29。

京都の樹木葬墓地におけるアンケート調査報告書

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